「日本刀と小指のないおじいちゃん」
- スラムリッチ
- 5月16日
- 読了時間: 4分
更新日:5月16日

──アウトロー、裏社会の人間模様
学校なんて、もうどうでもよかった。
中学生の僕は、不登校になり、誰にも理解されない日々から逃げ出した。
逃げ込んだのは、幼馴染の親友の家。
だけど、そこは普通の家じゃなかった。
表向きは同和事業を掲げる建設会社。
部落差別をなくすための団体。
でも、その裏には暴力団がいた。
重たい空気、鳴り響く電話、怒鳴り声。
なのに、そこには、なぜか居心地の良さがあった。
事務所の片隅には、日本刀。おじいちゃんがいた。
小指がなかった。
街で見かければ目を背けるような人かもしれない。
でも、近くで見ると、どこか寂しげな目をして、僕には優しかった。
「おう、飯食ったか?」
当たり前のように声をかけてくるヤクザの会長は、僕にとって近所のおじいちゃんと変わらなかった。
世間が決めた「悪」や「ヤクザ」のラベル。
でも、僕の目には、彼らはただの人だった。
悩み、怒り、笑い、弱さを隠して、誇りを守ろうとしていた。
アウトローっていう言葉の向こう側に、人間がいる。
偏見が溶けたのは、あの事務所のソファで寝転がってた、あの頃だった。
暴力のそばに、人の温もりがあった
ある日、事務所で電話が鳴り響いた。
怒鳴り声が聞こえた後、ドスンと重たい音。
僕は息を潜めながら、隅っこのソファに座っていた。
目の前で、大人たちが誰かを殴っていた。
血の匂いと、タバコの煙が混ざった空気。
怖いとか、ヤバいとか、そんな感情すら出てこなかった。
ただ、現実だった。
でも、不思議だった。
さっきまで怒鳴っていたその人が、殴られた男にそっとタオルを渡していた。
「今日はこのくらいにしとけ」
暴力は暴力だった。
だけど、そこには見えないルールがあった。
無茶苦茶だけど、筋を通す。
間違いがあれば、ケジメをつける。
そういう世界だった。
その夜、おじいちゃんが僕に言った。
「人間な、弱いから群れるんや。でも、群れたらその分だけ不義理は許されん。筋がすべてや」
難しい言葉だったけど、なんとなく分かった。
この世界の人たちは、普通の社会からはみ出しただけで、決して怪物じゃない。
人間だった。
不器用で、暴力しか知らなくても、家族を守り、仲間を守って生きている。
僕はそこから逃げもせず、しばらくその場所に居座った。
学校では教えてくれなかったことを、彼らから学んだ。
「弱いままで生きるか、強さを選ぶかは自分で決めろ」
それは暴力を肯定する言葉じゃなかった。
誰かのせいにして生きるな、という意味だった。
今、思うこと
あの頃を思い出すたび、思う。
裏社会の人間も、偏見の中で生きる人も、みんな「人間」だと。
白か黒かで割り切れない世界。
そのグレーの中で、僕は初めて「自分」という存在を見つけた。
誰かのレールじゃなく、自分の道を歩く
今、あの事務所はもうない。
おじいちゃんも、もういない。
でも、僕の中には、あの場所で学んだことが、しっかりと残っている。
あの世界を肯定するわけじゃない。
暴力がすべてを解決するとも思わない。
だけど、そこにいた人たちが、普通の社会で「悪」とされるだけの存在じゃなかったことは、胸を張って言える。
社会は、ラベルを貼るのが好きだ。
ヤクザ、部落、同和、犯罪者、不登校、落ちこぼれ…。
でも、そのラベルの下には、名前があって、家族があって、夢があった。
僕もそうだった。
「不登校」「問題児」
そう呼ばれていた僕にも、逃げ場所があり、居場所があり、人がいた。
だからこそ今、僕は誰かの作ったレールの上じゃなく、自分で選んだ道を歩いている。
あの時の教えは、今も変わらず生きている。
「筋を通して、自分の人生を生きろ」
それが、教わった、たった一つの「ルール」だった。
久々の再会
「おい、何してんだよ?」
突然後ろから声をかけられる。
中学卒業以来、久々に新宿で、家出から助けてくれた幼馴染と再会したのだった。
そう聞くと、幼馴染は少し笑って、スッと名刺を差し出してきた。
肩書きは、建設会社の代表取締役。
「まあ、表向きな。爺ちゃんの団体入らなくちゃいけなくて、よくわかんねーけど。」

そう言って笑ったその顔には、あの頃のガキの顔はもうなかった。
運命は、受け入れた時だけ「武器」になる。
受け入れた人間にしか見えない景色がある。
「筋を通して、自分の人生を生きろ」
それが、たった一つの「ルール」
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