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暗闇から、その日暮らしの売女商売 3


――このまま、どこにも行けなかったとしても。


ある日、警察が実家に来た。


インターホン越しの「ピンポーン」が鳴った瞬間、心臓が跳ね上がった。


屋根裏には、乾かしかけの苗、ライト、通風口につながれたダクト。

そう──当時、大麻の栽培に手を出していた。


理系だったこと、実家が農家だったこと。


言い訳かもしれないが、環境もあって、育てること自体は本当に簡単だったから手を出した。


逃げなきゃ、と考える前に身体が動いていた。

玄関から飛び出し、車に乗って、近所のラブホテルに潜り込む。


しばらくそこに隠れることにした。


田舎のラブホは安いから、住所不定で誰にも知られず、潜るには丁度良かったから。



頼れる人間なんていなかった。

知り合いづてに知り合った、Gだけは別だった。本名を誰も名乗らないような世界で、Gは“裏の道”に精通している半グレの匿名の仲介屋だった。どうすれば良いかを連絡を入れた。


「荷物まとめて、名古屋へ来い」

「知り合いがいる。運送屋の看板出してるとこ。そこに全部隠せるから」


もう本当に最悪な状況だったが、頼るしかなかった。




数時間後、荷物を抱えていた倉庫に2人のチンピラが現れた。


手と顔に刺青を入れた、見るからに“アウト”な奴ら。

「なぁホテルどこ?」「いい風俗ねぇの?」なんて、こっちの事情も知っているのに、質問して笑っている。常に煽り半分で話しかけてきて、関わりたくなかった。


15年と10年の刑期を終えたばかりだと言っていた。

何をしたのか聞くのも躊躇うレベルで嫌だった。


そんな連中と、2トン分の栽培機材と、育てちゃいけない苗たちを積み込んで、夜逃げを決行した。



夜逃げって、もっと劇的なもんだと思ってた。


だけど現実は、レンタルトラックのディーゼルエンジンの振動音と気まずい沈黙が続くだけだった。


東京インターから名古屋まで、約4時間。


素性も知らないヤバい奴らと、バレたら人生終わりのブツを積んでひたすら走る。


終わるか終わらないかの瀬戸際で、全員一切会話はなかった。


サービスエリアで食った、冷めたカツ丼。本当に不味かったのを覚えている。


そして、結局眠れないまま、夜明けを迎えた。


ただの看板を掲げた“表向きは運送会社”にたどり着いたとき、道を間違えて2時間も遅刻していた。


型落ちの30プリウスの車内から、半袖から和彫をだしたフェードカットの、いかにもヤカラな見た目の男が出てきて、開口一番こう言った。


「おい、逃げてきたんだろ?」


次の瞬間、腹に重い蹴りを一発。


肺が潰れたかと思った。


初対面なのに、こんな不良漫画みたいな事あるのかよって思いながらも、痛くてもがいた。


「なぁ、遅刻したのお前?2トンの荷物、今から朝までにお前一人で全部下ろせよな?」


嫌な顔すれば、また腹をサッカーボールのごとく蹴られるだけだった。


名古屋まで夜通し運転してから動かない身体に、ミゾウチに蹴りが入る。


この時、初めて死ぬかもしれないと意識した。


倉庫で一人、怖いからやりきるしかなかった。


死んだ方がマシという状況に落ち着く


深夜のヤバい仕分け棚卸し作業

そこから、2トン分の“深夜の仕分けと棚卸しの在庫整理の作業”が始まった。


大量の"ブツ"から栽培用具のライトからテント、マニアックなヤバい物から、大量の他人名義のSimカードと

、大量の他人名義の銀行カード、得体の知れない電子機器、── すべてが“まともな物じゃないし、まともな場所では運べない、当たり前だけど保管できない”モノ"ばかりだった。


2トンの荷下ろしは肩が外れそうになっても、誰も助けない。


逃げても逃走劇、そして残っても地獄。


だけど、もう帰れる場所なんてなかった。

朝までに終わらせないとまた蹴られる。


朝日が差し込むころ、2トン分をおろして

僕ば仕分けを無事に終わらせた。


作業を終えたころにフェードカットの男は言った。


「やるじゃん。今日からおまえ名前は“5番”な、明日も荷下ろし一人でやれ」


そして、型落ちのプリウスに引きずり投げ込まれ、初日は近くのボロいビジネスホテルに送られた。


5番。それが名古屋での僕の“名前”になった。


誰も本名で呼び合わない世界。


5番は、荷を運び、物を詰め、口をつぐみ


今日を生き延びホテルに


毎日奴隷のような倉庫に閉じ込められ


ひたすら奴隷仕事に送られるだけだった。


夜の倉庫でスマホを開く。

アオイのアカウントは、もう存在しなかった。

投稿も、メッセージも、なにもかも消えていた。


スクリーンショットだけが残っていた。


「ねぇ、まだ私のこと見てる?」


指先が少しだけ震えた。


けれど──その画面に何かを返すほど、もう優しくできなかった。



結び

ここに来てから、本音を吐いた相手は一人もいない。


命令、怒号、暴力、すこしだけの現金。それだけ。


ある夜、倉庫の隅でMacを開いた。


編集ソフトを立ち上げて、試しに映像を並べてみた。


荷下ろしする自分の手。

血がにじんだ指先。

アオイの投稿。

薄暗い倉庫の蛍光灯。


誰かのためじゃない。

ただ、自分が“まだ生きている”と感じたくて──

創ってみたかった。


死にたくてやってたわけじゃない。

ただ、“他の生き方”がわからなかっただけ。


このまま、どこにも行けなかったとしても──


もう少しだけ、この世界で、

何かを創ってみたいと思った。



そして――


ホテルの部屋

扉を開けるかどうか、数秒迷って──


僕はついに、決心を決めるのだった。


つづく





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